心地よさ、とは自分の範囲が広がっていくこと|ここちよさの正体 #1 高橋久美子〈前編〉

心地よさ、とは自分の範囲が広がっていくこと|ここちよさの正体 #1 高橋久美子〈前編〉

aoが、いま気になるあの方にお話を伺う連載「ここちよさの正体」。着ていることを忘れるほどの心地よさを目指してガーゼの服をつくってきた私たちが、さまざまな人に「あなたにとって心地よさとは何か」を問うていく企画です。


高橋久美子(たかはし くみこ)。詩、エッセイ、小説、絵本、歌詞と、あらゆる形式で言葉を書く作家であり、地元愛媛で週末畑チーム「チガヤ倶楽部」を主催する農家でもある。

もともとはバンド「チャットモンチー」のドラマー。脱退後の2012年からは作家・作詞家として20冊以上の本を世に送り出す一方で、実家の農地が太陽光パネル業者に売られようとしていたことをきっかけに農業をはじめる。東京と愛媛の二拠点生活は6年目になった。

取材はaoと高橋さんにゆかりのある、都内の蕎麦屋「お蕎麦のしらかめ」で行われた。だし巻きたまごや蕎麦が運ばれてくるあいだも、話は止まらない。石積みはイノシシに崩されても素人が直せること、農作業をしていると毎日全身が筋肉痛になること。どれも実際に手を動かした人にしか出てこない話で、そのぶん一つひとつが具体的で、可笑しい。

前編では、東京で書く人だった彼女が、なぜ愛媛の畑に立つことになったのかを聞いた。ミュージシャン、作家、そして農家。まったく違うように見える三つの仕事は、彼女のなかで一本の線として繋がっていた。

話し手 高橋久美子(作家・作詞家、農家)
聞き手 吉倉恭寛、西川奈津美(ao)

取材先は経堂にある「お蕎麦のしらかめ」



生活に必要なものを自分の手でつくる暮らし

高橋 本当に久しぶりやね。

西川 お会いしたのは4年ぶりとかでしょうか? 本当にご無沙汰しています!

吉倉 今日はよろしくお願いします。まずは、高橋さんのいまの活動について教えてください。執筆に翻訳に農業と、いくつもの顔をお持ちですが、ご自身では今の仕事をどう捉えていらっしゃいますか。あ、お蕎麦食べながらで大丈夫です(笑)。

すだちたっぷりの「すだち蕎麦」

高橋 ありがとう。今は、作家・作詞家として、詩とかエッセイとか小説とか絵本とか、歌詞なんかを書いているね。それと農業をやっていて、いま製糖所を新しく作っているところで。耐火煉瓦を積んで、築炉をしているんです。

西川 築炉。農家としてサトウキビの栽培をされているんですよね。

高橋 そう。大量のサトウキビを絞って、それを煮詰めて黒糖を作っとるので、直径がもう1mぐらいの鉄釜が必要で。もともとの製糖所は3台使ってたんやけど、そこまでの設備は私にはできんだろうと思って、2台分の釜を据えられるようなかまどを作ってます。下から燃やして、だんだんしぼり汁を煮詰めていくっていう。

吉倉 加工までご自身でやられるんですね。植えてから完成まで相当な時間がかかりそうな。

高橋 結局その、何かを植えて何かを収穫する時間は今も昔も同じだけど、私たちはほぼ機械を使わない原始的な農業なんで、現代のスピード感と真逆っていうか、時間はかかります。その分実感は大きいですよね。昔の人は、殆どの時間を生活に費やしていたんだなって。

西川 自分で作って、それが何かになるまで全部お世話するところまでやってるということですよね。石積みも勉強しているということでしたが、それも自分でできる仕事の範囲を増やすために取り組み始めたんですか?

高橋 ただ生活しているだけって感じかな。生活する上で、その土地を守るためにはそれが必要だからやっているっていうだけで。イノシシとかが飛び下りたりするから、石積みって崩れるのね。何十キロの巨体がバーンって滑り込んできたりしたら、そいつが滑り落ちるのと一緒に石積みがバーンって壊れて。

でも石積みは壊れてもまた直せるからすごい便利で。コンクリートだったら打ち直さないといけないし費用もかなりかかるけど、石積みなら技術さえ習得すれば素人でも直せるからね。

西川 そういう意味でも、ものすごく理にかなってるんですね。

高橋 愛媛では、生活してるだけでも24時間頭も体もフル稼働ですね。東京の生活とは違うあり方やなって思います。


東京と愛媛の二拠点生活

西川 現在は東京と愛媛との二拠点で生活していると思うんですが、この暮らし方を選んだ経緯を教えてください。

高橋 愛媛が実家なんやけど、実家の畑を合わせた4軒分ぐらいの畑を、太陽光パネルの業者に売ろうっていうことが、父と近所の人たちとの間で決まっていたんです。そんなところにわたしが帰ってきて、「もう1回考え直してほしい」と、近所に一軒一軒まわってお願いして。それが始まりですね。

「じゃあお前やるんだろうな」となり(笑)。みんなでやれば、なんとかやれるかなということで、「チガヤ倶楽部」っていう名前の畑のチームを結成しました。ただ、農業でお金を稼ぐのでなく、食べるための農業。私は愛媛にいる時は基本毎日畑に出てますが、他のメンバーはそれぞれ職を持ち、月1くらいで手伝ってもらう形ですね。

自分が食べている野菜がどうやって育ちよるかをあまりにも知らない大人が多すぎるなと、田舎に住んでても最近は思います。私の家は農家なので知っているけど、これだけ余ってる畑があっても、地元でも野菜はスーパーにあるものみたいな感じですよね。みんな土から離れてしまっていて、「これから先の世界ってこんな感じで大丈夫なのかな」と感じます。

吉倉 僕の地元も耕作放棄地だったり、休耕田がだいぶ増えました。いまは大規模農業で立て直そうという流れもありますが、やっぱり限界もあって、難しいなと思います。

高橋 しんどい職業でもありますから。一般職に就いたら、農業に戻るっていうのは、よっぽどの信念がないとやれないと思う。夏のこんな暑さの中で外で作業するというのは専業農家でない私でも本当にきついです。

取材当日の東京も35度を超える猛暑日


はじめて「社会人」になった気がした

吉倉 二つの拠点、作家と農家を行き来する暮らしは、身体的には大変な面もあると思います。それでも続けられる理由は何でしょうか。

高橋 畑をやってみて、わかったこともあって。真夏は特に炎天下での作業は命の危険も感じます。私でもそうなので70代の父にとっては脅威よね。だから、自分の手に負えないものを置いとくわけにはいかんってパネル業者に売ろうとした気持ちもわかりました。

だけど、やっぱり喜びもいっぱいあるからね。苦労して育てた美味しい野菜を食べるのは本当に喜びだし、「チガヤ倶楽部の黒糖が大好きで」って言うおばあちゃんとか、ネット販売でも「生活に欠かせないものなんです」って言ってくれる方が増えてきたりとか。あとは、東京とかいろんな都市から手伝いに来てくれる仲間もいて、1週間ぐらいこっちに泊まって一緒に農作業してたら自然と近所の人たちと他県の人との交流が生まれて、地域が明るくなってきてるような感じもあったり。

吉倉 しんどいのはもちろんだと思いますが、関わる人の生活に喜びが生まれるのを直接見ることができるのは、その生活ならではですね。

高橋 いろんな人の力で自分が生きとるなっていうのをものすごく感じるし、一人では何もできんっていうことも実感しているかな。若い時の方が何でも自分でできそうって思っていたし、やれてるように見えていた。でも、実際に自分のオリジナリティだと思っていたものは、他の人がつくってくれた大きいものの一部だったんだなっていうのは思うよね。

二拠点生活6年目になるんだけど、社会のいろんなことを全然知らずにここまで生きてたんだな、っていうのも愛媛に帰って初めて思った。私は就職もしたことがないし、音楽業や作家業の特殊な環境の中で生きてきたから、農業を始めて、初めて「社会人」になった感じがしたなぁ。近所の人との関係性で、ここまでで口は噤んどかないかんとか、都会ではこれは通用するけど、あ、ここではこれはやったらいかんとか。チームで若い人たちを率いるってことは、まずは自分が率先して畑に立つっていうのも当然思いますね。

想像していた「社会」と、実際の「社会」の埋められない乖離の仕方にうちのめされるけども、一歩ずつ石段を登っていくしかないね。40歳から始めたからこの土地で生きてきた人たちに敵うわけはないけど、少しでもその人たちに近づきたいっていうのは思うかな。


詩と遠く離れたところにいる今

吉倉 農業を始められてから、書く言葉に変化はありましたか。土に触れる時間を高橋さんがどう捉えているのか気になります。

高橋 「土に触れてると心が浄化されます。」みたいなことを言う人がいっぱいいるけど、そんな甘いものでもなく、夏はただただしんどい(笑)。地獄のように暑いから、もう熱中症にも何回もなってるし。

でも、例えば畑の歌詞や小説を書くとしても、以前なら、実際の腕の痛みや夏の太陽のしんどさを知らずに書いてることが多かったと思います。リアルは、筋肉痛通り越したら翌朝体がむくむんだ!とかね、それもやってみるまでわからなかった。体と頭のバランスが悪くなりがちな職業だからこそ、農業が必要なことでしたね。通らざるを得ない道だったんだろうなと思う。

ただ、詩はやっぱなかなか書けんくなってきたな。

西川 それは、なぜですか。

高橋 農家って超リアリストな職業じゃない。季節は待ってくれないから、一週間内に絶対これをせないかんとか、午後から雨だから午前に全部収穫しないととかね。時間との戦いですよ。それが詩作とは対極で。

エッセイは書ける。小説も書ける。でもなんか詩っていうものは、人間が、会社に行くぞ、今日はこれとこれをやるぞというのをやっていく上で、落としてきたものを拾い集める作業だと思うのよ。

取材の寄り道。夕焼けを見に屋上に

そういう、子供みたいな、まっすぐ帰らず、あえて寄り道するっていうのが詩人の私だったけど、農業はまっすぐ歩かんかったら時間も足りんし、雨とか雪は待ってくれんから。

だから、詩っていうのとすごい遠い離れたところに来てしまったんだなってたまに思う。

でも、エッセイストとしては、農業は9割の人が体験していない冒険譚でもあってね。昔はありふれたものだったのに、いまや冒険譚になってしまう。それくらいみんなが離れてしまっているということやね。


ミュージシャンから作家になり、失っていたもの

吉倉 ミュージシャンから作家、そして農業という流れがありますよね。だんだん現実に近づいているという実感はありますか?

高橋 それでいうと音楽をやっていた時も、やっぱり現実を見なければやっていけませんでした。職業にするって、つまりそういうことじゃないですかね。

きっと夢を追っかけてっていうのって軽音学部の頃の話であって、それが日常になってしまえば、何日までに何曲作らなければいけないとか、2年後ぐらいまでスケジュールはもう埋まっとるわけで。なので、ドリーミーかって言ったら全然ドリーミーじゃない世界だから。

とても深いところまで潜らなければ、何事も、ものにはならないんだっていうことをミュージシャンになって改めて思いました。もともとそういう気質だったけど、より突き詰めてしまう癖がついたっていうのはあると思う。

吉倉 なるほど。環境や仕事が変わる中で、ご自身の感覚に変化はありましたか。

高橋 10年作家をやって、11年目ぐらいから2拠点生活が始まるんですけど、10年間何事もなく生活できていたんです。

やれてはいたけど、何か風通しがおかしいっていうのは思っていて。それは多分、ドラムっていうのがとても体感を伴う楽器だったからだと、最近気づいた。演奏ってCDではなかなか分からないかもしれませんけど、めちゃくちゃカロリー使うでしょ。ライブ一本終わった時にはもう汗でずぶ濡れじゃない。何回も怪我もしてるし、体を鍛えないとやれない職業でした。

一方、作家は、体力は必要だけど圧倒的に頭とか心なんですね。そことのズレみたいなものが作家としての10年間であったんよね。

そんな中で農業を1からやってみて、「あー腰が痛い」とか「寒い」とか「暑い」とかをダイレクトに感じて、その心地よさに気づいた。

吉倉 失っていたものを取り戻した、という感覚ですか。

高橋 そうだと思う。

取材場所にご協力いただいた、しらかめのご夫婦(を模した人形)


後編では、書くことや心地よさそのものについて聞いていきます。詩とエッセイの「器」の選び方、オノマトペと音、そして「心地よさっていうのは危うい言葉なんです」という一言から辿り着いた、高橋さんにとっての心地よさの正体を。


高橋久美子(たかはし・くみこ)
作家・作詞家・農家。愛媛県生まれ。バンド「チャットモンチー」の元ドラマー、作詞担当。脱退後、作家として詩、エッセイ、小説、絵本、歌詞提供など幅広く活動。著書に『その農地、私が買います』『わたしの農継ぎ』『いい音がする文章』ほか多数。愛媛と東京を往来しながら、畑のチーム「チガヤ倶楽部」でサトウキビ栽培や黒糖作りをしている。